歩いて帰宅

本日発生した大地震の影響で、電車がすべてストップしてしまったので、覚悟を決めて歩いて家に向かいました。

約20Km、4時間近くかけて家に到着。

途中、足の裏が痛くて何度もくじけそうになりましたが、人間って結構歩けるものですね。普段は誰も歩いていないような場所も、同じように歩いて帰宅する人でいっぱいでした。

約15Km地点でやっとコンビニを見つけて入ったのですが、パン、弁当類は売り切れで何も残っていませんでした。スイーツコーナーの棚の奥に残っていたみたらし団子と、レジ横にあった一口羊羹を買って、エネルギーを補充しました。途中24時間営業のマクドナルドとかも店が閉まっていました。

家に帰ると心配したヨメが出てきて迎えてくれました。足の裏を見てみると、大きな水ぶくれができていました。どおりで痛いわけだ。

家の積みガンプラは何とか崩れないでいてくれました。

このブログを書いている最中にも、まだまだ余震が続いています。はやくおさまってほしいです。

コメント

  1. ひろ! より:

    無事に家に帰れたようで何よりです。

  2. mount より:

    ひろ!さんはどうしました??

  3. 張力 より:

    地震の時、ちょっと東京国際展示場のLED照明展示会を参加してる最中であった。友達の妻を国際展示場正門へ送った後に、建物に戻って、2階から1階へのエスカレータを乗って、展示場へ行く途中であった。激し揺れで、展示場にいった人々がみんなそとに逃げった。エスカレータが止まらなかったのは不思議でした。エスカレータから降りたら、私もすぐに外逃げた。

    少し揺れが収まった後に、展示場に戻って、仲間とあった。しばらく後に、すぐ余震があって、スタフよりそとへ追い出された。夕方ごろになって、ようやく中に入って、展示物の片づけを許可した。そのあと、ホテルへ向かうバスへ乗って、暗くなっるまで待ち続けた。7時ごろからバスが移動し始めた。でも、翌日朝の3時までになっても、ホテルに辿りづけることができなかった。途中、展示会のガイドさんがチョコレートを配ってくれた。そのチョコで一夜を我慢した。ガイドさんが大分の人を連れて、歩いてホテルに向かった。私も仕方なく、電車の復旧後に、ある駅のそばで、バスから降りて、電車で自宅へ戻った。自宅に着いたのは既に4過ぎ。

    翌日3/12~3/15まで、残りの所有物を処理して、各種の契約を解除して、役所にも帰国の手続きをした。3/16日のCA926で北京へ帰った。航空券をとったのは3/4なので、割と無事に帰国することができた。

    帰国の後に、福島原子事故が東京まで影響したことを知った。そのごろ、日本から中国への航空券の値段は既に地震前の3,4倍になった。信じられないぐらいですね。

  4. mount より:

    張さん、お久しぶりです。
    そのとき日本にいたんですね。ホテルにすぐ戻れず大変だったようですね。
    また、落ち着いたら日本に来てくださいね。
    時間はかかるだろうけど、また元に戻りますから。

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